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釧路地方裁判所 昭和53年(わ)168号 判決

主文

被告人を懲役三年及び罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(被告人の経歴及び判示第一の犯行に至る経緯)

被告人は、石川県珠洲市の中学校を終え、半農半漁で生計を立てていた父の仕事を約二年間手伝つたのち漁船員となつて同県内で稼働し、その後昭和三五年ころ根室市に移住し、さけ・ます漁船などに漁撈長などとして乗組み、昭和四七年末ころから翌四八年末までは根室市に居住する田島市夫や同人が経営する丸三太洋水産株式会社所有の各漁船の漁撈長をし、昭和四九年四月ころから同年一二月ころまでは新京治男所有の漁船の漁撈長をしていたが、このころから自分で漁船を借りて漁業を営むことを計画し、昭和五〇年一月から一時船を降りていたものであるが、右田島方の漁撈長をしていた際同人方に出入りしていた後記西川清一及び石川正勝と知り合い、特に右石川とは、同人の事務所が被告人方の近くにあつたことなどから親しくしていたものであり、後記高岡和夫及び亀田幸四郎とは漁撈長仲間として昭和四一年ころから付き合つていたものである。

西川清一(以下、西川という。)は、昭和三一年ころから厚岸郡厚岸町において金融業を営んでいるものであるが、前記丸三太洋水産株式会社に対し昭和四六年ころから継続的に融資を行い、その融資残高が約五、〇〇〇万円に達していたところ、昭和四八年末同会社が倒産したので、昭和四九年四月右貸金債権の弁済に代えて同会社からその所有の漁船第三太洋丸を譲り受け同年五月八日これが所有権移転登記を経由した。同船を譲り受けることになつた西川は、株式会社を設立し同会社名義で同船を用いて漁業を営むことを企図し、西川同様かねてから右丸三太洋水産株式会社に融資を行い前記田島方にしばしば出入りしていた石川正勝(以下、石川という。)を誘い、それぞれ二五〇万円を出資して同年五月一七日付で株式会社ホク一水産(以下、ホク一水産という。)を設立し、自ら代表取締役となり、右第三太洋丸は一か月五〇万円の傭船料で同会社に賃貸する形をとり、右田島方の帳場を預つていた稲葉光平を取締役にして同人に会社事務を処理させることとしたのであるが、ホク一水産は当初から実質上西川の個人営業に等しい存在であり、その事務所は西川方に置かれ、資金の調達等経理面をはじめ経営全般を西川が専決していたものである。

ところで、西川は、右第三太洋丸を取得し、ホク一水産を設立するかたわら、さつそく同船による第一回たらはえなわ漁を企画し、石川を通じ被告人から紹介を受けた高岡和夫(以下、高岡という。)を漁撈長として雇入れ、昭和四九年五月から同年七月にかけてたらはえなわ漁を行つたが、その結果ははなはだしい不漁で、借入金などで調達した約一、五〇〇万円の経費をかけたにもかかわらず漁獲高はわずか六三〇万円程度にすぎなかつたうえ、定期検査のため右第三太洋丸(同年七月に第八よし丸と改称。以下、よし丸という。なお、よし丸の船籍港は厚岸町、総トン数二六七トン、船質鋼。)を同年七月から一〇月ころまで上架して整備、修理を行つたところ、これに約一、四〇〇万円と予想をはるかに越える費用がかかり、その費用を工面するなどのため更に一、〇〇〇万円近くの借金をし、借入金は増える一方となつた。かくて、西川はよし丸による冬のたら漁によつて一気に損失の回復を図るべく出漁準備に借入金を含め約二、〇〇〇万円の経費をかけ、前記稲葉が連れてきた奈良清(以下、奈良という。)を機関長とし、奈良から紹介された亀田幸四郎(以下、亀田という。)を高岡の代りに新たに漁撈長として雇入れ、同年一二月一八日よし丸を厚岸港から出港させた。

一方、石川は根室市において建設業、金融業を営んでいるものであるが、前記のように西川からホク一水産の設立に加わるよう誘われてこれに応じ、設立時に二五〇万円(うち一〇〇万円は前記稲葉の名義)を出資すると共に取締役に就任し、更に、設立後間もなく昭和四九年五月二四日付で同会社の厚岸信用金庫に対する借入金について西川らと共に極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証をしていたところ、右稲葉から同会社の第一回目の漁が前記のように大きな赤字を出したことを聞かされたうえ、同年一二月ころには西川からよし丸の定期検査に一、四〇〇万円もの費用がかかつたと知らされ、同会社の将来を大いに憂い、西川同様前記冬のたら漁に多大の期待を寄せていた。

(罪となるべき事実)

第一  西川は、前記のようによし丸が昭和四九年一二月一八日厚岸港を出港して以来毎日同船から無線で漁模様の報告を受けていたが、それによると不漁続きで今回も期待を大きく裏切る結果になりそうであつたので、同月末根室市緑町にある石川の経営する石川工業株式会社の事務所を訪れた際同人にこのことをこぼしたところ、石川は西川の落胆ぶりから事態の深刻さを知り、よし丸を故意に沈没させるかソ連側に拿捕させることによつてよし丸にかかつている保険金を騙取することを口にしたが、このときはそれ以上話が進展せず右発案を具体化するには至らなかつた。その後もよし丸の漁模様は一向に好転の兆しを見せず翌五〇年一月一〇日すぎころには今回の漁も再び大きな赤字を出すことが決定的となり、西川と石川はそのころ前記石川工業株式会社事務所の社長室で再度善後策を話し合つた結果、よし丸について根釧漁船保険組合(組合長理事川端元治)との間に昭和四九年一二月二一日付をもつて契約者西川、保険金額五、五〇〇万円、保険期間同年一二月二二日から昭和五〇年一二月二一日までとする漁船普通損害保険契約が締結されているのを奇貨とし、同船を故意に座礁させるなどしたうえ船体放棄して処分し、これを通常の海難事故のように仮装して右保険金を騙取する旨の計画(以下、本件計画という。)を合意し、更によし丸の右処分役を被告人に依頼することをも取り決めた。

石川は右謀議にもとずき昭和五〇年一月一七日ころ被告人を根室市の自宅に呼び、本件計画を打ち明けてよし丸の処分役を引き受けてくれるよう依頼したところ、被告人は、身の安全をおもんばかり自らよし丸の処分役となることは断つたものの、当時は前記のように漁船を借り受けて自分で漁業を営むことを計画していたので、この際石川らに協力して将来同人から右計画の資金調達を得ようと目論み、かねてから漁船員の間で、船主等の依頼に応じ保険金目当てに故意に漁船を処分しあるいはソ連領内に入つて拿捕される役目を果すいわゆる沈め屋としてとかくの風評があつたよし丸の漁撈長である亀田を処分役とする代案を出し、自ら同人に処分役を依頼する役割を引き受ける旨を約し、次いでよし丸が厚岸港に帰港した翌日の同月二二日石川の指示により厚岸町の西川方を訪れ、同人に対しても亀田を処分役とし、自らはその引き込み役となることを申し出てその了解を得た。その後、被告人は、同月二六日夕刻西川の指示を受けた亀田が根室市内の被告人宅を訪れたので同人を同市内の食堂に誘い出し、本件計画を打ち明けてよし丸の処分を依頼したところ、同人は即座にこれを引き受けたが、厳冬期の北洋における処分なので救助役が必要であると申し出たので、被告人がその救助役として当時根室市の清水一己所有のたらはえなわ漁船第八佳栄丸に漁撈長として乗組んでいた高岡の名を出したところ、亀田もこれに賛成し、被告人において高岡に右救助役を依頼することになつた。翌一月二七日午前、被告人と亀田は連れだつて前記西川方を訪問し、亀田は西川に対しても報酬三〇〇万円でよし丸の処分役を引き受けることを約し、また、被告人において二〇万円の報酬で高岡を救助役とすることについて西川の承諾を受け、被告人がその引き込み役となることを約し、引き続き被告人と亀田はその場でよし丸を処分する具体的方策を練り、時化を利用して同船をソ連領内に入域させ、風で流されたような格好で得撫島に近付け暗礁に乗り上げることなどを話し合つた。かくて、同日午後よし丸は亀田らを乗せて厚岸港を出港し、その後更に、亀田は同船内において同船機関長奈良に本件計画を打ち明けて協力を求め、同人もこれを承諾した。

なお、被告人は、昭和五〇年二月三日根室市花咲港で前記第八佳栄丸の荷揚げ作業をしていた高岡を訪れ、同日夜翌日の出港に備え釧路市へ餌を買いに赴いた同人運転の自動車に同乗し、その車中において同人に対し本件計画を打ち明け二〇万円の報酬で救助役を依頼したところ、同人は、自己の出漁のついでに救助役を果し右計画の実行を容易にすることを決意してこれを承諾し、更に途中厚岸町の料理屋「三勝」に立ち寄り、同所で西川に対しても同様の旨を約し、翌二月四日右第八佳栄丸に乗つて根室市花咲港を出港した。

被告人は、以上の経過により西川、石川、亀田及び奈良と本件計画を順次共謀のうえ、

一  前記のようによし丸に漁撈長として乗船していた亀田において、昭和五〇年二月一〇日午前五時一〇分ころ、船長小林喜代藏ほか一一名が現に乗船している同船を操船し毎時約四ノットの速度で千島列島得撫島穴埼海岸(北緯四五度五六・五分、東経一五〇度一〇・八分)の砂利原にほぼ正面から突入させ、その船底部の約三分の一を乗り上げさせてこれを座礁させたうえ、前記のように同船に機関長として乗船していた奈良において、同日午前七時ころから同日午前九時ころまでの間に、同船機関室内の海水取り入れパイプのパルプを開放して右機関室内に約一九・四トンの海水を取り入れ、更に同日午後零時前後ころ同室備付けの機関起動用空気漕内の圧縮空気をすべて放出させて同船の航行機能を失わしめ、もつて人の現在する艦船を破壊し、

二  西川において、昭和五〇年二月二八日根室市本町三丁目一番地根室水産ビル内の根釧漁船保険組合事務所において、同組合職員板垣日出夫に対し、真実は前記のようによし丸を故意に座礁させるなどして船体放棄したのにもかかわらず、あたかも通常の海難事故により同船機関室に浸水し、人命の危険を避けるためやむをえず同船を陸地に乗り上げ船体放棄したもののように装い、その旨の記載がある北海海運局長の証明を受けた浸水乗揚げ報告書、漁船保険損害申告書などを提出してよし丸の船体にかけてある前記保険金の支払を請求し、同人らをしてその旨誤信させ、よつて、

(一) 右根釧漁船保険組合の職員をして、同年九月三〇日釧路市南大通一丁目三番七号所在の北海道信用漁業協同組合連合会釧路支所に設けられた右根釧漁船保険組合の口座から同市北大通八丁目二番地所在の株式会社北海道銀行釧路支店内の厚岸信用金庫の口座宛に二、〇〇〇万円を振替送金させたうえ、情を知らない同信用金庫職員をして、先ず、うち一、〇〇〇万円を同日同信用金庫松葉町支店の西川清一名義の当座預金口座に振替えさせて同額の預金債権を取得し、次いで、残額一、〇〇〇万円について同年一〇月一日ホク一水産の同信用金庫に対する債務の弁済に充当させ、

(二) 前記根釧漁船保険組合の職員をして、同年一一月二八日前記の北海道信用漁業協同組合連合会釧路支所に設けられた根釧漁船保険組合の口座から釧路市北大通六丁目二番地株式会社北海道拓殖銀行釧路支店内の厚岸信用金庫の口座宛に二、五三九万円を振替送金させたうえ、情を知らない同信用金庫職員をして同月二九日これをホク一水産の厚岸信用金庫に対する債務の弁済に充当させ、

もつて、漁船普通損害保険金受領名下に一、〇〇〇万円相当の財産上不法の利益を得、かつ、ホク一水産に三、五三九万円相当の財産上不法の利益を得させ、

第二  被告人は、前記西川清一の所有する動力漁船第三六金恵丸(総トン数二八三・〇九トン)に船長兼漁撈長として乗組んでいたものであるところ、同人及び同船乗組員高橋芳雄らと共謀のうえ、農林大臣(現農林水産大臣)の許可を受けないで、昭和五一年七月一〇日ころから同年八月八日ころまでの間、北千島オホーツク海海域において、右第三六金恵丸により、流し網約二五〇反を使用してさけ・ます計約一〇三トンを採捕し、もつて、指定漁業である中型さけ・ます流し網漁業を営んだものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の所為は刑法六〇条、一二六条二項に、判示第一の二の所為は同法六〇条、二四六条二項に、判示第二の所為は同法六〇条、漁業法一三八条四号、五二条一項、漁業法第五十二条第一項の指定漁業を定める政令一項一三号にそれぞれ該当するところ、判示第一の一の罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二の罪については情状により漁業法一四二条を適用して懲役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項本文によりこれを右懲役刑と併科し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役三年及び罰金一五万円に処し、右の罰金を完納することができないときは同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、右懲役刑については後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件の艦船破壊及び詐欺は、西川らと共謀のうえ漁船にかかつている保険金を騙取しようと企て、故意に人の現在する漁船を破壊し、同船にかかつている保険金受領名下に合計四、五三九万円相当の財産上不法の利益を得又は得させたものであるが、その不法利得額が高額であることはもとより、得撫島付近ではわが国捜査機関の捜査が行えない事情を利用して危険の多い厳冬期の北洋で一〇数名が乗組む漁船を座礁させるなどしたもので、その犯行は全体として巧妙かつ大胆で悪質な犯行といわざるをえず、しかも、被告人は右艦船破壊及び詐欺の実現のためによし丸の処分役として亀田を、救助役として高岡を手配するなど活発に行動しているのであつて、同人らを引き込んだ被告人の刑事責任には軽視できないものがある。また、漁業法違反は被告人が積極的に推進して約一〇三トンにものぼるさけ・ますを密漁したというものであつて漁業秩序を乱すこと著しいものである。

しかしながら、右艦船破壊及び詐欺は、そもそも、よし丸を所有しホク一水産の代表取締役として同会社を実質上自己の個人営業のように経営していた西川と同会社設立時に二五〇万円を出資して取締役に就任したうえ同会社の厚岸信用金庫に対する借入金債務について極度額三、〇〇〇万円の連帯根保証をしていた石川の両名が、よし丸の操業によつて生じた同会社の多額の損失を回復しひいては同人らの債務負担を免れることを目的に計画立案し、主として同人らの利益のために敢行されたものであり、被告人は石川及び西川の依頼に応じこれに加功したもので、右犯行により何ら直接的利得を得ていないのはもちろんそのような約束もしていなかつたこと、被告人にはみるべき前科がないこと、現在は反省し、下田鮮魚株式会社所有にかかる第二五清富士丸の漁撈長として真面目に働き妻子を養つていることなど有利な事情も認められるので、主文掲記の懲役及び罰金に処し、右懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当と認めた次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

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